マクスウェルの方程式によって光の速さは秒速約30万kmになることが導かれました。 しかし速さというものは何を基準にするかによって変わるものです。 マクスウェルが求めた光の速さは一体誰から見た光の速さなのでしょうか。
当時、マクスウェルが求めた光の速さは、エーテルに対する速さだと考えられていました。 空気が音を伝えるように、宇宙には光を伝える物質(エーテル)があると考えられていたのです。
1881年以降マイケルソンとモーリーはこのエーテルの流れを検出すべくいくつかの実験を行いました。 実験装置がエーテルに対して動いていれば、風下に向かう光は速くなり風上に向かう光は遅くなっているはずです。 そしてエーテルの流れが速いほど往復に要する時間は長くなるはずです。
1887年実験では緻密な考察と工夫にも関わらず、このようなエーテルの流れを検出することはできませんでした。 これ以降も様々な科学者によって実験は行われましたがいずれも失敗しています。
おかしなことに、実験すると光はいつどの方向に測っても同じ速さなのです。 本当に誰から見ても光の速さが変わらないのであれば、ガリレイ以来あたりまえと考えられていた相対速度の考え方が成り立っていないことになります。 これは一体どういうことなのか、科学者たちはこの謎を解くべく思考を巡らせます。
1892年ローレンツは、電荷が磁場の中で運動すると力を受けることを発表します。 電流が磁場から力を受けるのも導線の中で動いている荷電粒子(電子)が力を受けるためです。 電子の存在はこのとき知られていませんでしたが、1897年にジョゼフ・ジョン・トムソンが実験で発見します。
1892年ローレンツは、光の速さが誰から見ても変わらない理由について一つの仮説を発表します。 もし実験装置がエーテルの中をどんな速さで動いていたとしても、その速さに応じて実験装置の長さが縮み、実験室の時間もゆっくり流れているとすれば、 光が装置を往復する時間は見かけ上同じに見えるだろうと考えたのです。 我々も装置と共に縮んでおり我々の時間もゆっくり流れているため、装置が縮んでいることにも時間がゆっくり流れていることにも気づかないはずです。
しかしこれだけでは十分ではありません。これだけでは往路と復路で光の速さが違ってしまうことになります。 これを解決するためには装置の両端で時刻がずれていると考えればよいのです。
まずエーテルに対して止まっている実験装置を考えます。 下の図では、左端から 0:00 に出発した光が 0:30 に右端に到達し 1:00 に左端に戻ってきています。 我々はこの実験結果を見て「光はどちら向きにも同じ速さで飛んでいた」と認識することでしょう。
では実験装置がエーテルに対して動いている場合はどうでしょうか。 ローレンツの考えでは装置はエーテルの圧力で縮んでおり時間もゆっくり流れています。 さらに下図のように装置の左右の時計がずれていれば、0:00 に出発した光が 0:30 に右端に到達し 1:00 に左端に戻ってくるという先ほどと同じ結果が得られます。 装置と共に縮んでいる我々は装置が縮んでいることに気づくことができないように、 左右の時計の時刻がずれていても気付くことはできないでしょう。
では左右の時計を同じ場所に運んで時刻を比べてみれば時計がずれているかどうかはわかるのではないでしょうか。 残念ながらこれもうまくいきません。 エーテルの流れに逆らって動かした時計の進み方はさらにゆっくりになる一方、エーテルの流れと同じ方に動かした時計はそれよりも早く進むはずです。 両方の時計を同じ場所まで運んだとき、お互いの時計は同じ時刻を指していることになります。
我々は今このとき、世界中の人々が同じ時刻を共有していると考えているかもしれません。 しかし本当にそれが同じ時刻なのか確認するすべはないのです。
ローレンツは1899年と1904年の論文で、 距離や時間がどのように変われば、光速度が一定という実験結果が得られるのかという計算式を発表します。 ローレンツ変換の式は後の章で述べますが、まずはそこから導かれる「物体の長さの収縮と時間の遅れ」について式を示しておきます。
物体は速く動くほど長さが収縮します。
物体が止まっているときの長さを $L_0$ とすれば、速さ $v$ で動いているときの長さは $L$ になります。 $c$ は光速です。
また物体は速く動くほど時間の進み方がゆっくりになります。
止まっている物体の経過時間を $Δt$ とすれば、速さ $v$ で動いている物体の経過時間は $Δt'$ になります。 $c$ は光速です。
これらのローレンツの計算式は、この後アインシュタインの特殊相対性理論に引き継がれます。